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  1. 師匠・メンター制度から改めて考える「教育」について

COLUMNコラム

師匠・メンター制度から改めて考える「教育」について

こんにちは。デザイントランスメディアの野濱です。


世間ではもう3月らしいですが、エイプリルフールにしては一月早いんですよね。
僕といえばまだ正月明けたばかりの時空に取り残されてるのですが、
どうやらそうではないみたいです。


弊社では、新たな試みとして「師匠・メンター」制度というものを制定いたしました。
新入社員一人に対して、技術を教える「師匠」、ケアを行う「メンター」が側につき、教育を行うという制度です。


私はこの度新入社員の「師匠」になることになりまして、そこであらためて弊社の理念の一つとしても掲げる教育というものについて考え直してみました。


そもそも


教育とはなんなんでしょうか。広辞苑の第六版には(最新は第七版ですが)


〘名〙公的性格をもつ教育。かつては国および地方公共団体によって管理・運営される国公立学校の教育を指したが、現在では公共性をもち、公的な規制を受ける私立学校・各種学校の教育や社会教育も含めていう。


と、記されています。
ここで記されているのは広義での教育なので、弊社が理念として掲げている教育とは少し離れた意味に思われます。


ここでは、僕の思う教育について考えたものを記していこうと思います。


最初に


結論から述べると、僕が個人的に思うに「その人が目指したい人格に導いてあげること」だと思っています。
人格というと主語が大きく感じますが、「自身がなりたい性格」「自身が身に付けたい習慣」「自身が習得したいスキル」といったものの総称として捉えて頂けたらと思います。


要は、その人がどうなりたいか、という指標に対しての道標を与える行為のことなのではないかと。
極端で少数的なケースの話ですが、「寿司職人になって自分が握った寿司を多くの人に食べてもらいたい。お客さんを集める為にWEBを利用したい」という志を抱えた人が弊社に入社したとしましょう。
僕は寿司職人でもなければ寿司を握ったこともないので、寿司に関する技術を教えることはできません。


ただ、お客さんを集める為にWEBを利用したいという点に関しては多いに協力ができます。
自分でWEBサイトを作る方法、SEOに効果的なHTMLのマークアップの行い方、サイト訪問者の目を引くためのアニメーションを実装する方法など、そう行った事は教えられます。


加えて、技術的な点だけではなく、社会的な観点で社内外問わず人と接する上で自身が不利にならない関わり方なども助言はできると思っております。


その人の為を思って、というのは烏滸がましいかもしれませんが、その人が自身の目指す道を後押ししてあげるのが教育だと思います。


次に


これは教育以外の点でも関わってくるのですが、
僕が業務をする上で気をつけていることは、3点あります。


■相手に対して感情的にならない
これを一番大事に思っています。
機嫌やモチベーションで仕事を行ってしまうと、必ず周囲に悪い影響が出てしまうと思っているからです。
オフィスの中で一人でも不機嫌な方がいると、気を遣ったり萎縮したりしてパフォーマンスに影響がでてしまう人が少なからず出てしまうと思います。それは最終的に会社の利益に直結するものです。だってパフォーマンスに影響したらモロに工数の負荷が増えるんですもの。


■相手の話を咀嚼する
僕は大きくわけて人間は2パターン存在すると思っていて、それは「行間を読もうとする人」と「直接的に得た言葉で解釈を行う人」がいると思っています。どちらが悪いとかという話ではないんですが、対話において行間を読もうとする人は解釈を行うまでに時間がかかりますし、直接的に解釈を行う人は齟齬が出やすいと思います。
人間は例え血が繋がっていようとも本質的な意味では分かり合えない生き物だと思うので、互いに理解しようとする姿勢が大事だと思うのです。


これも極端な例ですが、僕が相手に伝わる前提で「(回転)寿司食べにいこう」とある人に誘ったとします。しかし、その人の中では寿司=高級なもの=回らない寿司という認識だったら、その時点で齟齬が生まれますよね。誘った側は回転寿司の前提だったが、誘われた側は高級寿司の前提なので、そんないきなり高額なもの食べにいけないとなってしまいます。


この問題は、双方とも「寿司といったらこういうものだろう」という前提のもと話をしている事にあります。
僕たちは別々の個体なので、例え同じ名詞でもそれに対して連想するものが同じものとは限らないのです。


寿司に誘った僕はちゃんと回転寿司という旨を説明するべきでしたし、高級寿司と解釈した相手は本当に高級寿司なのか相手に確認するべきでした。
どっちにしろきちんと対話なり説明を行わないと、互いに損をするのです。
僕が思う教育においても、これは重要なことだと思います。


何故ならこの点をスルーしてたら、単なる嫌な上司と言うことを聞かない新人の構図が出来上がってしまうのですから。


■怒ると叱るの定義を明確に
1番目と同義なようなものとなります。
教育云々よりこれは道徳倫理の話かもしれませんが、人間は過ちを犯すものであり、それは業務においても同じです。
人がミスして怒るのはその人が自分の感情をコントロールしきれていないだけだと思います。
その延長線上で、相手に対して否定の言葉を投げかける、みたいなケースをたまにネットなどでみかけてきましたし、実際僕は前職等でそういう扱いを受けてきたりもしました。
怒ると叱るはまったくの別物で、怒るというのは個人の勝手な感情の都合です。
叱るというのは相手に対しての利益性を考えた上での行動だと思っています。
特に仕事においては、人に対して怒っても現状は何も変わらず、生産性のない行為になってしまします。
一人が喚き散らかしても何も解決しませんので、非常に生産性のない行為だと思います。


なので、もし自分が教育する立場で怒るか叱るかの場面がやってきても、怒る行為自体は絶対にしてはいけないです。
叱るというのは自身の感情を制御した上で、相手にとって生産性が上がるような言葉を投げかける行為だと僕は思っております。


最後に


僕は先述の3つを心がけておりますが、まだまだ偉そうな口を垂れるような人間ではありません。
「いや、お前もできてねーじゃん」と言われたらそれまでです。ぐうの音も出ず身長が30cmぐらい縮むと思います。


ただ、その3つは心がけておいて損はないと思うのです。これは別にweb業界限らず、人と人が社会生活を共に営んでいく上で、大切なことだと僕は思います。
もし教育に関してどうしたらいいか迷っている方は参考にして頂ければと思います。
それでは。


この記事を書いた人 野濱 貴彰 Creative & Development Division